「つくる、あそぶ、つながる」をテーマに、自分らしく暮らす人々のライフスタイルを紹介するコラム企画。今回は、なんと自宅まで手づくりしたという野口さんファミリーの生活をご紹介します。訪れたのは千葉県の東側、人口1万人ほどの小さな海沿いの町。もともと東京で暮らしていたという野口さんご夫婦が、ここに訪れた理由とは?
ちょっとだけ憧れだった海の見える町
冬は寒いので足が遠のくけど、
ほほに当たる潮風はいつでも気持ちがよい
この町に引越してきたのはいつ頃なのですか?
江梨奈さん
「10年以上も前です。私は大学入学で静岡から上京して、社会人1年目で結婚、それから子どもが生まれて、いきなり夫が『サーフィンしたいから千葉で暮らそうぜ』と言い出したんです。何一つ下調べもしていなくて、保育園や学校の場所どころか、駅がどこにあるのかも分からない状態で……。お互い社会人になったばかり、貯金も少ない、車もない、本当に大変でした」
大介さん
「いやいや。僕は何度も波乗りに来ている町だったので下調べはしていたはず。すごく気持ちがよい場所だなって。妻も何回かは連れて来ていたような」
きれいな海のそばで魅力的な環境だと思います。すぐに馴染めましたか?
江梨奈さん
「そうですね。もともと都会ぐらしはあまり肌に合わなかったんです。海のそばで暮らすのも、少し憧れがあって。でも正直に言えば、千葉より神奈川の方が憧れてました」
大介さん
「神奈川は土地が高いから」
江梨奈さんも波に乗るんですか?
江梨奈さん
「1回だけやろうと思いましたが、すぐ諦めました。海を眺めているだけで満足。夏場は子どもたちと砂浜で遊んで、みんな泥まみれで帰ってそのままお風呂、なんて日もあります」
大介さん
「冬は家族みんなでバトミントンが定番!」
江梨奈さん
「私はバトミントンも眺めているだけですけどね」
家をつくるなんてあまりに壮大
なのに数ミリの間違いも許されず…
いつになったら完成するのだろう?
「自分たちで家をつくろう」と言いはじめたのも大介さんですか?
大介さん
「そうそう。工務店に頼むと選択肢がせばまっちゃうから」
江梨奈さん
「夫が『やる』と言いはじめたら、それを否定するのも大変なんです。違う選択肢を私が考えて、私が主導で進めなくちゃいけないルールになっていて。だから、まあ『じゃあ家つくるか……』という感じになりました」
とてもステキなキッチンで驚きました。これも手作りなのですか?
江梨奈さん
「そうですね。私は大雑把な性格なので想像していたより苦労しました。タイルを貼るのも1ミリ2ミリの世界じゃないですか。それを夫に何度も指摘されて、よく喧嘩もしました」
大介さん
「1ミリ2ミリが大事なので。ちょっとのズレが段々と大きな誤差になって、設計図どおりにハマらないことになるから。タイル関係はカットするのも大変で、ぜんぜん寸法通りにならない。すぐに割れちゃう。勉強になることばかりだった」
江梨奈さん
「逆に、パズルのようにちょうどよく素材が収まることもあって、たとえばキッチンのウォールシェルフは余ってた木材でできています。あとは窓の位置にもこだわりました。お皿を洗っているとき外の光や緑が目に入るので、自然と明るい気持ちになるんです」
吹き抜けの大きな窓からの日差しも良いですね。
江梨奈さん
「トイレもお風呂も広めのスペースを確保して、窓をつけたから閉塞感が全然ないんです。日中は家のなかで照明をつける必要がまったくありません」
大介さん
「とにかく日当たり重視でリビングにはカーテンもつけてない。お互いに開放的なのが好みなのもあって、室内の扉には鍵も一切つけてない。人工的な素材もできるだけ避けて、室内はもちろん外壁も自然の塗料だけ。それだと防水加工が難しくて、とくに浴室づくりは苦労したかな」
やっぱりプロの技術ってすごい!
だけど、できるところは自分たちで
それが使い捨てじゃない世界につながる
ご自宅が完成するまではどこで暮らしていたのですか?
江梨奈さん
「町に越してきた当初はアパートを借りていました。まず建物の基礎と躯体(建物を支える構造部材)の工事はプロにお願いをして。あと外壁の塗装は子どもと一緒にやりましたが、それを貼り付けたのも職人さんです。そこから、床も張っていないまま家族で移り住んで、日々の生活をしながら少しずつ床を張り、内壁を塗り、家をつくってきました。ここで暮らしはじめて6年経ちますが、まだ完成はしてないです(笑)」
大介さん
「そうそう。厳密にいうと未完成(笑)。外壁も自然塗料なので段々と色が落ちてきたから、そろそろ塗り直そうかな。ベランダにウッドデッキがあるんだけど、最初は無垢材で作ったから痛むのも早くて。去年あたらしく防水仕様に作り直したばっかり」
外観もビンテージ感というか、デニムの色落ちみたいに味があってカッコいいです。
大介さん
「自然な感じが好きなんだよね。自分たちでメンテナンスするのも好きだし」
江梨奈さん
「夫は持続可能な環境づくりに興味があって、大学でもサステナブルプロジェクトを専攻していましたから。15年以上も前なので、当時はまったく注目されていない分野でした」
大介さん
「興味を持った早さでいえば、日本で5本の指に入るかも」
暮らしていて不便なことはないのでしょうか?
江梨奈さん
「うーん、特にありません。東京と比べてゴミ袋の値段が高いことくらいです」
大介さん
「僕も仕事で東京にいくときの電車賃くらいかな。週に6日は自宅で働いているから、そこまで問題ではないけど」
江梨奈さん
「家の居心地が良すぎて、週末もあまり外には遊びに行きません」
駅の場所すら知らない町だったけど
住んでみたらとっても快適
夫の直感を信じて正解だったかな?
この辺りは子どもたちの遊び場も豊富そうですね。
江梨奈さん
「お庭の向こうが空き地になっていて、いつも子どもたちが遊んでいます。家事をしながらでも窓から見守れるので安心です。意外と近所に同級生が多いようで、よく家に遊びにも来ています」
大介さん
「ここでの暮らしに子どもたちも満足しているはず。小学校までは徒歩だと50分くらいでちょっと遠いけどバスの送迎があるし。中学校からは自転車通学でもOKだし。そんなに不便はないよね。子どもたちの親世代とも年齢が近いから、交友関係もどんどん広がるし」
江梨奈さん
「田舎のイメージにあるような閉塞感みたいなものは一切ありません。近所の畑でとれた野菜をもらえるような、田舎ならではの嬉しいことばかりです」
先ほど引越し前の下調べはしていないと言っていましたが、結果的には何の問題もなかったのですね。
大介さん
「住む場所は直感で決めた方が幸せな人生を送れる。これは学生時代に出会った旅人のお爺さんから聞いた言葉で、すごくカッコいいなと思って。普通だったら『住むなら職場の近くで〜〜』とか『最近の人気はこの街で〜〜』なんてアドバイスが多いけど、僕はその感覚があまり好きじゃない。豊かな生活って何かに縛られていないことだと思うから。自分でちゃんと感じて、選択できるのが本当の豊かさなんだよね」
江梨奈さん
「たしかに私も今の暮らしが豊かだと思っています。なんとなく心が満たされている感じです」
大介さん
「心地よい町を選んで、自分たちが心地よいと思う家をつくってるからね」
この後は家族みんなでバトミントンに行く予定なのだそうですね。
江梨奈さん
「長女だけは明日テストがあるのでお留守番です。中学校の部活でバトミントンをしているので普段は一緒に練習をしています」
大介さん
「僕も学生時代はバトミントン部だったから。町内で集まる大人向けのバトミントンクラブも面白くて。子どもたちもサーフィンはあんまりだったけど、バトミントンには興味を持ってもらえて良かった」
江梨奈さん
「私は眺めているだけですけどね。たまには球拾いもしています。でも、それだけで十分すぎるくらい満足なんです」